山の精霊、祭りの仮面。リートベルク美術館

地理的に言えば、チューリッヒ湖の南南東。こちら側は、対岸のゴールド・コーストに対してシルバー・コーストと呼ばれる。太陽が山をかすりながら差し込むため、陰影が濃い。光はどことなく物憂く、ネオ・クラシックの美しい彫刻が施された建物が並ぶ街並みは、物語性に満ちている。何か語るべきものがたくさんあるはずなのに、それでいて、歩くたびにいつも謎解きを仕掛けてくるようだ。

トラムを降りて、左。坂道を上がって鉄の扉を過ぎると、森の小道が始まり小高い丘の上に、19世紀半ば、絹貿易商として成功したオットー・ヴェーゼンドンクOtto Wesendonckが建てた優雅なヴィラが見える。この邸宅が、リートベルク美術館の旧館。すぐその前に建つ新館は、世界的なコンペが行われたので、建築に携わる方はよくご存知だろう。

リートベルク美術館は、ヨーロッパでも珍しく東洋とアフリカ、アメリカ、オセアニアの美術を収集している。
しかし、そこにスイスの民族芸術パートがあり、膨大なスイスの仮面をパーマネントコレクションとして収集しているということは、祭りの仮面を展示している今回の展覧会、Performing Masks Swiss Carnivalで初めて知った。

Carnival mask, Tschäggäta Switzerland, Lötschen valley, early 20th century

山の民は、今どこにいるのだろう、と漠然と思っていた頃。ある日偶然、テレビで動物とも人間とも見分けのつかない大きな仮面をつけて、雪のなかをとザクザクと歩く人々を見た。

ヴァレー地方に伝わるチェゲッテ Tschäggätä と呼ばれる悪魔払いのお祭りだと教えられた。2月の灰の水曜日の前の木曜日に行われる。姿形も家々を訪ね歩いて子どもたちを呼び起こすという風習も、日本のなまはげに似ていて興味深い。
諸説あるが、ここで使われていた仮面が、スイス最古とも言われる。その表情があまりにも幻想的で、超人的でミスティックな力を表現していることからも、すでに19世紀の終わり頃には民族学者の注目を集めていたそうだ。

Carnival mask, Tschäggäta Switzerland, Lötschen valley, early 20th century

また、スイスの4つの国語のひとつ、ロマニシュ語を公用語とするザルガンツ地方の仮面は、縦横に伸びる表情の豊かさが特徴的だ。展覧会のカタログを眺めていたら、この地方の彫り物師アルバート・アントン・ヴィリAlbert Anton Williが、鏡の前で仮面の形相を作っている写真を見つけた。

今回展示されている多くの仮面は、木を彫り、彩色され、動物の毛皮や羊の毛、織物などが用いられている。大きく分けて、3つの地方に古来継承されている仮面があるが、その貌のあまりの多様さにはいささか驚く。自然の厳しさ、山の険しさで周辺との交流が遮断されて暮さなければならなかった時代に、なお一層の個別性が高まったということなのだろうか。

山に囲まれたこの国では、キリスト教伝来以前の宗教、あるいは、宗教以前の信仰が、周辺諸国からさまざまに影響を受け、地方によってはカトリックと融合しながらも、独自の文化として再生を重ねてきた。

巨大な山への畏怖と尊敬。数々の神話も伝説も、しばしば各地の祭りのなかにそのルーツをうかがうことができるという。

アルプスの山々から、深い森から。館の奥の一室で、精霊たちが異彩を放っている。

https://rietberg.ch/en

コメントを残す

カラフル・ペッパー

毎日使うペッパーは、そもそもスパイスの棚から飛び出している。
でも、どうせ外に出ているならば、キッチンで立ち姿が美しい方がいい。
高さ40cm。ちょっと大きなカラフル・ペッパーは、南アフリカから。
ミルは、カリカリカリッと小気味いい音をたて、ぴたっと手になじんで使いやすい。
ペッパー自体、おいしい配合で気に入っている。

コメントを残す

ジャンルを超えた表現者たち。第5回チューリッヒ映画祭

レッド・カーペットに登場したテリー・ギリアム監督

ヨーロッパのフィルム・フェスティバルとして、年々注目度を高めているチューリッヒ映画祭 Zurich Film Festivalが、5回目を迎えた。映画史上に残る大作を含め、60を超えるスイス及び海外の作品が上映されている。

インターナショナル・フューチャー、インターナショナル・ドキュメンタリー、ドイツ語フィルムの3部門がコンぺティション。これとは別に、デジタル映像やショート・フィルムなど幅広いジャンルの作品を観ることができる。
ヨーロッパ諸国はもちろん、アメリカ、メキシコ、イスラエル、ロシア、韓国などから参加。今回は、アルゼンチンのフィルムを数本シリーズで上映していることも話題になっている。

独自の表現と優れた才能を世界中から見つけ出し、その活動を奨励していこうという主旨があるが、若く、意欲的な映画人が集中しやすいチューリッヒの持つ斬新さと地の利にかなった映画祭であるとも言える。

関連イベントや若手のプロデューサーたちによるワークショップが各所で開催。さらに、モーガン・フリーマンMorgan Freeman、マイケル・キートン Michael Keaton、ピーター・フォンダ Peter Fondaなどのスピーチもプログラムされている。

「黄金の目 Golden Eye」は、優れた映画人たちへ授与される賞。

ロマン・ポランスキー Roman Polanski拘束の報道で、この映画祭の知名度も一挙に上がったようだが、ポランスキー氏に与えられたのが「功労賞 A TRIBUTE TO …」。業績への評価は揺るぎないものであると、氏不在のまま授賞式が行われることが、瞬時に発表されていた。回顧上映は、予定通り進行している。

生涯業績賞とも言える「黄金のアイコン Golden Icon」は、「ミリオンダラー・べイビー」「ショーシャンクの空に」「ドライビング Missデイジー」など多くの作品で知られる、モーガン・フリーマン Morgan Freemanに授与される。

10月4日まで

Photo: Zurich Film Festival

https://zff.com/en

コメントを残す

「アニマリス・ユメルス」上陸。テオ・ヤンセン展

Photo: Animaris Percipiere Thumb Theo Jansen / degital brainstorming

ユニークな現代アートを仕掛ける、デジタル・ブレーンストーミングという頭脳集団がいる。バックについて語ると、話がとっても長くなってしまうのだが、ともあれ、先日、ここから、オランダの動力彫刻家kinetic sculptureテオ・ヤンセンTheo Jansenが招待されていた。

東京日比谷で、今年の1月から4月まで、アジア初の大規模な展覧会が開催されていたので、すでに作品をご覧になった方も多いことだろう。

2006年に、南アフリカでオンエアされたBMWのCM「Defining innovation」は、世界中で大きな話題になった。
今まで見たことも聞いたこともない奇妙な「生物」が、ヤンセンと一緒に暴風雨にびゅんびゅんなぶられながら、波の高い暗い海岸を歩く。この不思議な映像と彼のフレーズの無駄のなさがクールで、実にセンスの良いクリエイティブだ。

今回、ヤンセンは、「アニマリス・ユメルスAnimaris Umerus」とその仲間である小さい「生物」を何匹か、チューリッヒに連れて来た。

普通の家庭で使われている、電気を誘導するプラスチックのパイプ。これを、ナイロンの糸で固定して、骨格を作る。エレクトリック・ケーブルやビニールを巻きつけられるものもいる。有機的な素材はいっさい使わないのかと思っていたのだが、何故か、卵白を眼や皮膚に使っている、とインタビューで語っている。

砂浜生物、あるいは、ビーチ・アニマル。そういう呼称が、すでに日本に定着しているが、ドイツ語のシュトラントビースター Strandbiesterだと、海から上陸した動物のイメージが強調されて、総称自体にミステリアスな響きがある。危ないけどかわいい、のようなユーモラスなニュアンスも感じさせる。

まるで、古生代の生物が、ムカデのお化けのようにたくさんの足を持ち、風力で動く。走る。彼が生み出したひとつひとつの「生物」の大きさとラテン語の音の面白さのためもあってか、恐竜を連想してしまう。

ヤンセンは、デルフト大学で物理学を専攻したが、後に画家になる。
その前のことだろう。彼は、新聞のコラムの原稿をまとめるために、よく海岸を散歩していたそうだ。何についての原稿だったのかは定かでないが、ある日、砂浜を歩く巨大な「生物」のイメージが、インスパイアされた。

そこから、年月はかなり経つ。

19年前の9月。彼は、プラスチックのパイプを買いに行った。
「その日の午後、ずっとパイプをいじっていました。夕方近くでした。私は、これからの人生をこのプラスチックのパイプとともに生きていくことになるだろう、と確信したのです」。
テクニカルなアイデアと芸術が結合し、まったく新しい「生物」の卵がこの日に誕生した。

「彼らに、食べ物はいりません。生きるために必要なのは、風、だけです。他の動物たちのように、食べ物を探すために動きまわる時間を使わなくていいのです」。

ヤンセンの「生物」たちは、風を食べて、砂浜で生きている。

「海辺では、子どもたちと遊んだり、他の動物と一緒に暮らすこともできます。でも、私が創造する生物たちは、常に進化し続けていますから、いずれ自然よりも賢くなるかもしれません。新しい生命の形です」。

「なぜ、あなたは、砂浜で生きる生物を創り続けるのですか」。

「なぜ? わかりません。では、お聞きしましょう。なぜ、我々人類は、この地上にいるのでしょうか」。

インタビュー:デジタル・ブレーンストーミング

https://digitalbrainstorming.ch/

BMW 「Defining innovation」

https://www.youtube.com/watch?v=BZnOm00Eb10

https://www.youtube.com/watch?v=qmHd-0WyqOU

コメントを残す

ロング・ナイト・ミュージアム

Die lange Nacht der Zürcher Museen 2006 Museum Bärengasse       Photo:Peter Koehl

この街で、夜、子どもが歩いているという光景は、まず見かけない。
しかし、今度の土曜日だけは、特別。

今年10回目を迎える、ロング・ナイト・ミュージアム Die lange Nacht der Mussen。
市内のほとんどすべての美術館で、現在開催中の展覧会を中心に、これに連動する体験型のワークショップやガイドツアーなど、独自の企画を、ロング・ナイトというよりも、オール・ナイトで公開する。

チューリッヒ大学のボタニック・ガーデンや連邦工科大学(ETH)。動物園でのレクチャーや小劇場のパフォーマンス、コンサートなども開かれる。

子どもも大人も、1枚のチケットで、アートからアートへ。ハシゴを楽しもうというプログラム。

電車もトラムも、番外編のスケジュールで走っている。

9月5日、夜7時から午前2時まで。

https://langenacht-zuerich.ch/en

コメントを残す