弁護士のCIという、極小スイス・タイポグラフィー

広告にせよ、書籍のデザインにせよ。まだこれほど、コンピュータで仕事をしていなかっ頃。化石のような話に聞こえるかもしれないが、グラフィック・デザイナーは、上がって来た写植にカッターナイフをしゅうしゅうっと使って、切り張りして原稿を作っていた。字間も、微妙にコンマ何ミリという単位でこだわり、一文字取り上げては、職人のようにきれいに詰めていった。

特に、漢字、カタカナ、ひらがな、アルファベットと他の言語には見られない多様な文字の組み合わせをしなければいけない日本語であるから、すべて等間隔に開けてはいけないとは容易に理解できた。
そんな姿を横で見て、勉強のために意見を求められもし、いつしか私も自分の書いたものを目の前に、ここで切ってはイヤだとか、この書体は好きではないとか言い出していた。
文字の名前は、自然と目から耳から入って来た。

スイスデザインと呼ばれる概念は、タイポグラフィーから文房具、医療器具、家具、建築まで、私たちの生活に関わるおよそ全ての範囲に及ぶが、そのベースのベースになっているのが、1950年代以降スイスで発展した国際タイポグラフィー様式、あるいは、スイス・スタイルと呼ばれるグラフィック・デザインのスタイル。

ダダ、フォーマリズム、バウハウスなど、20世紀初頭のアバンギャルドの影響を大きく受けつつ、2つの大戦の戦禍を免れていたスイスでは、急速にデザインが醸成され、体系化され、世界へ広がっていくことになる。

レイアウトが、左右非対称であること。グリッドを使うこと。左揃えにして右側をそのまま流す。髭飾りのようなものがない、サンセリフと呼ばれる書体。

神話のように繰り返される名が、アクチンデンツ・グロテスクAkzindenz Grotesk。バウハウスで教鞭を執っていたパウル・レナー Paul Rennerが発表したフーツラFuturaは、後に、フォルクスワーゲンやヴィトンのロゴでもお馴染になった。
アドリアン・フルティガーAdrian FrutigerがユニバースUniversをデザインしたのが、1954年。57年には、マックス・ミーディンガー Max Miedinger とエデュアード・ホフマン Eduard Hoffmann による、ヘルベチカが誕生している。BMWやルフトハンザ航空などの書体であるし、その汎用性の高さから日本企業のCIにも良く使われている。

ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語という4つの国語を持つスイスでは、この書体に、いずれの言語にも偏ることのない、スイスのラテン語正式名称 コンフェデラシオ ヘルベチカ Confederatio Helveticaからその名を取った。
どのような言語にも応用しやすいのは、デザインの母体にしているのが多言語であったからだというのが定説。

無駄をそぎ落とし、すっきりとしたスイス・デザインは、新しい世代に受け継がれながらも新たな領域へと多くの冒険が見られる。

ミニマリズムを追求した歴史から斬新なデザインが次々と頭角を現すなか、この広告を見た時、いわゆるモダンに進化したスイス・タイポグラフィーとは違った、どこか逆行しているような異質なアテンションを感じた。

経済の中心チューリッヒには、弁護士が確かに多いのだが、このクライアントは、チューリッヒでも良く知られる弁護士、らしい。

彼らが日々の仕事でつぶさに眺める、虫眼鏡を使いたくなるような、ポイントをぐっと落とした法律文書の文字がヒント。その小さい文字からいかに大きな利益がもたらされるか、そのためにどれほどパッションを持って読んでいるかという諧謔を、CIとしてデザインしたという。こういうジョークが世界のスタンダードであるのかどうか、私には良く分からない。

原寸で見れば、十分に読むことのできる大きさだが、あえて解読ぎりぎりのQ数が選ばれている。

昨年のカンヌでブロンズ・ライオンを受賞。今年のクリオにもエントリーしていた。

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Title: ION EGLIN SMALL PRINTED DESIGN
Advertiser/Client: Ion Eglin Jurist Of Law
Product/Service: LAWYER
Design/Advertising Agency: RUF LANZ Zurich, SWITZERLAND
Creative Credits
Creative Director: Markus Ruf /Danielle Lanz
Art Director: Lorenz Clormann
Copywriter: Markus Ruf
Account Supervisor: Nicole Sommermeyer

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