チューリッヒ中央駅前バンホフ・シュトラッセをしばらく歩いてコープCoopの角を右。通りを渡ると、ヨーロッパ最古のベジタリアン・レストラン、ヒルトゥルHiltl がある。開店は1898年と、優に100年を超える歴史を持つ。
サンデーブレッドという、ちょっと甘みのあるパンを日曜日の朝にいただく古くからの習慣がある。まだ貧しかった日々の生活のなかで、それは、子どもにも大人にも、ささやかな楽しみだった。
肉も白いパンも贅沢だった時代にオープンした、ベジのレストラン。敢えて野菜しか食べないことなど到底理解されなかったというが、ヒルトゥルは、今やチューリッヒのシンボルと言えるほど人気で、ブレイクを過ぎすっかり定着している。
インド、中国、マレーシア、地中海など、野菜レシピはグローバルで意表をつく楽しさがあり、おいしい。ビュッフェから好きなものを好きなだけ取り、自分で計りに乗せ、出てきたレシートを料理と一緒にテーブルに持って行く。
4代目、ロルフ・ヒルトゥル氏のマーケティングセンスが優れていて、スイスインターナショナルの機内食でもヒルトュルを選べるなど、新しいスイスの顔をブランディングしている。レストランコンセプトや仕掛けを語り出すと膨大になってしまうので、別の機会にするとして。
ヒルトゥルをフラッグシップに、よりカジュアルに展開している姉妹店「ティビッツ バイ ヒルトゥル Tibits by Hiltl」のポスター。支店のあるチューリッヒ、ベルン、バーゼル、ロンドンを野菜の街にしてライトアップした。
ちなみに、チューリッヒ店は歌劇場のすぐ裏。オペラが跳ねた後、ちょっとだけ何か食べたい、というときにも気軽にぶらっと入れる。
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“Natural energy for Zurich.”
“Natural energy for Basel.”
“Natural energy for Bern.”
“Natural energy for London.”
Advertising Agency: Wirz Werbung AG | Partner BBDO Worldwide, Switzerland
Creative Director: Andreas Portmann
Art Director: Barbara Hartmann
Copywriter: Marietta Mügge
Photographer: Derek Stierli und Felix Schaub
Additional credits: Account Manager: Marc Gooch Art Buying: Fabienne Huwyler Photo-Editing: Felix Schregenberger Food Styling: Carla Kiefer
制作シーンは、こちらから。
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日本であれば、山菜の楽しみがある。ウドもたけのこも、タイミング良く季節に帰国していると、飽きるまでいただく。
北ヨーロッパの初夏、5月、6月の旬の王様と言えば、ホワイトアスパラガス。味を積み重ねていく足し算の料理では、日本人がほろ苦さを尊ぶように風味を味わうのとは扱い方が幾分違うが、これがちょうどウドやたけのこのような立場にあたる。走りは、やはり話題になる。
チューリッヒのお店に出回る順では、まずは、チリやアルゼンチンといった南米もの。ポルトガル、スペインあたりの南から。その次に、堂々と並ぶのが、中には直径2センチもあろうか、実に逞しいドイツ産のアスパラガスだ。ライン川沿いの谷間。フライブルグFreiburgからハイデルベルグHeidelberg。ベルリンに近い、ブランデンブルグBrandenburg は、有名な産地だ。
市場でもスーパーでも、大きな木箱に、山のように積み上げられる。
数歩遅れて、それよりもかなり細身のスイスの地場ものが登場する。温度湿度の管理がされているので、ほぼ同じ時期に出てくるそうだが、寒くて天候不順の今年は、昨年より少し遅いような気がした。
ホワイトアスパラガスのために生まれた、縦長の寸胴鍋がある。毎年、迷う。やっぱり、あるべきなのだろうかと。他に何のために使えるだろうかと。
そして、今年もついに買いそうもなく、横に寝かして茹でてしまった。
ところで、私が出会った限り。スイスのどこのレストランでも、かなり柔らかく茹でる。他の野菜も押し並べて十分以上に茹でることからして、さっと湯がくという感覚は、かなり日本的なのだろう。
ウドの仲間なので、生で食べることができないものか、と考えていた。せめて、もっとしゃきっ、とさせるわけにはいかないのかと。
この疑問の雲を気持ちよく追い払ってくれたのは、数年前に朝日新聞に掲載されたレシピ。市ヶ谷のフレンチ、ル・マンジュ・トゥーの谷昇シェフの茹で方だ。ホワイトアスパラガスの皮は、結構厚く剥くが、捨ててはいけない。ここに滋味がたくさんある。この皮でカーバーして短時間で茹で上げ、余熱で仕上げる。ほろ苦さがおいしく残り、歯ごたえもある。
探していたのは、これだった。谷さんのようにクラシックの土台がしっかりしていて、しかも素材を大切にする料理家から、こういう逆発想の提案をされるのは面白い。
河川が運ぶ肥沃な土壌は、アスパラガスの成長にも適している。
車で1時間ほど。ライン川を越え、ドイツ国境に近いシャハウゼンShaffhausenの近くへ。フラッFlaach という村にアスパラガスの レストランが数件あり、いずれも、何世代かに渡る常連がついていると聞く。
ホワイトアスパラガスのために。私たちが1年に1回訪ねるのは、「水車小屋の上」オーバーミューレObermühle とう名のレストラン。18世紀初めの宿屋さんが改造された、どっしりとした石と木の建築。大きな古時計や牛のベル、鋤など。骨董がたくさん壁に掛けられている。
入口には、粉挽きに使われていた巨大な石が立てかけられ、ひんやりとしたエントランスからミシミシ音のする階段を上がると、ダイニングルームが左右に分かれる。
ファームスタイルの素朴な料理を出しているが、目的がひとつなので、メニューは見ない。というか、他の席の人々も、全員一様にホワイトアスパラガスを食べている。
スターターが終わると、自家製のバターを溶かした小さいお鍋が、火の上に乗って運ばれる。その隣に置かれたのが、細かく切ったグルイエールチーズ。黄身の色が鮮やかな、たっぷりとしたマヨネーズ。定番のソース、ホランデーズはカロリーが気になるものだが、このお店にはない。生ハムを添えることが多いが、ここでは、ロースハムという選択がある。
基本的には、ホワイトアスパラガスを、延々とひたすら食べる。ハムは、おまけみたいなもので、お皿がきれいになると、同じように茹でられた次のもう一皿が、やって来る。
どのくらい、食べるか? 多分、ひと束。皮ごと測れば、二人分で1キロはありそうなボリュームだ。
ホワイトアスパラガスの穂先をフォークで突き刺すのは、罪。そう言われる。大地に近い部分から切り分けてゆき、穂先は、最後にうやうやしく、そっと口に運ぶ。
それは、自然の力への挨拶。礼儀のようなものだろう。
この季節一番のご馳走。シンプルな夕食を、ゆっくりと味わう。
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日本から友人が来たとき、話題になっていたあるスノッブなレストランへ案内した。いい席だったはずなのだが、困ったことに、彼女はとっても不満そう。
理由は、こうだ。「おいしいわよ、確かに。でも、これなら東京にも、パリにもある」。
実際、欧米のどこの都市のレストランへ行っても、アジアや和の素材なりテーストを取り入れたフュージョン系は、もう大分前から流行っている。サプライズが洗練されていればいいのだけれど、もとの力がよほど高くない限り、こなしきれていなかったり、それらが似たり寄ったりの料理に見えてしまうことがしばしばあるものだ。
食経験が、普通よりかなり深い彼女のこと。で、ご要望を再度聞き直すと、「牛を見たい。スイスでなければ食べることができないものを食べたい」。
翌日は、牛のいそうな草原まで車を飛ばし、牛と一緒に記念写真を撮り、牛小屋を改造したレストランへ行き、フォンデュや手作りソーセージをオーダー。空港では、フォンデュセットも求めたとのこと。ご満悦でご帰国いただいた。
フォンデュは、友達が集まったときなど、キッチンで過ごす時間が少ないのがいい。
言うなれば、日本の鍋物のスイス・バージョン。
スイス人でない私があっさり言うのも少し気が引けるが、誰でも気軽に、簡単に作れる。バリエーションも意外と多く、その家ならではのチーズの配合や、リカーの選び方があるのも面白い。
おうちフォンデュもいいのだけれど、おいしいレストランでいただくのも、季節の楽しみ。
フォンデュ専門のレストランが市内に何軒かあるが、「専門」の多くは、秋から冬のあいだしかお店をオープンしない。もちろん、ちょっと観光向けだったり、スイス料理全般をメニューにしている場合は、そこにフォンデュが含まれていることもあるが、むしろ例外。
「専門」に徹しているレストランは、季節が過ぎると閉めてしまう。
閉めてしまうどころか、跡形もなく消えてしまうフォンデュ・レストランがあり、数年前に突然現れて以来、ブレイクしている。
バラッカ ツェルマットBARACCA ZERMAT。
バーゼルとチューリッヒにお店があり、チューリッヒでは、空港の敷地内に、11月初めから3月の末まで、山小屋レストランを開業。週末ともなると、何週間も前から予約を入れないとなかなか席を取ることができない。
インテリアは、ツェルマット出身のアーティスト、ハインツ・ユレン Heinz Julen。
都市に出現した「幻の部屋」をコンセプトに、ハートウォーミングな1950年代にタイム・スリップする。
山小屋の周りには、薪が積み上げられ、雪がかぶっている。
牛の頭がついたドアを開けると、アンティークのスキー板が並ぶ。部屋の中央では、大きな暖炉が赤々と燃えている。壁には、野生の山羊、アルプス・アイべックのはく製、カモシカの角。ツェルマットの古いモノクロ写真。
この夜、私たちが注文したのは、モティエ・モティエという、ヴェシリンとコクのあるグリュイエールを半々に配合した、典型的なスイス・フォンデュ。
トマト・フォンデュも、シャンパンとトリュフのフォンデュも、スイスではお馴染のものだが、バラッカ・フォンデュとネーミングされたフルーツやベーコンが入ったオリジナルがあったので、これも試してみた。
ワインは、ツェルマットがあるバレー州のヨハニスべルグJohannisberg。フルーティでコクがあるがなめらかで、チーズとの相性がいい白だ。マッタ―・ホルンのラベルを付けて、テーブルワインとして置かれている。
フォンデュには、さくらんぼのスピリッツ、キルシュが使われることが多いが、これは、消化を助けるため。だから、白ワインではなく、キルシュを飲みながらいただくというのも、王道。身体に良いとされている。ただし、40度以上あるので、ご用心。
フォンデュは、とても素朴な料理だ。それが、使い込まれた古いお鍋で運ばれてくる。そっけないほどシンプルな食器。プラスチックのワイン・クーラー。
これら質素なファクターの融合が、都市に持ち込まれると、むしろ贅沢にもなり、お洒落にもなるという仕掛け。
文字通り、バラックのような古材の山小屋で、大きな火を囲みながらスローフードをいただく、何となくほっとする時間がうまくデザインされている。
パンを突き刺し、お鍋のなかでくるくるしながら、これが、この季節最後のフォンデュになるのだろうと思う。
例年になく、異常に寒く、雪が多かった長い冬が行こうとしている。この幻のレストランも、あと数週間で解体され、人々を温めたたくさんの物語とともに、どこかに消える。
北ヨーロッパも、もうすぐ、春。