最後のフォンデュ

日本から友人が来たとき、話題になっていたあるスノッブなレストランへ案内した。いい席だったはずなのだが、困ったことに、彼女はとっても不満そう。

理由は、こうだ。「おいしいわよ、確かに。でも、これなら東京にも、パリにもある」。

実際、欧米のどこの都市のレストランへ行っても、アジアや和の素材なりテーストを取り入れたフュージョン系は、もう大分前から流行っている。サプライズが洗練されていればいいのだけれど、もとの力がよほど高くない限り、こなしきれていなかったり、それらが似たり寄ったりの料理に見えてしまうことがしばしばあるものだ。

食経験が、普通よりかなり深い彼女のこと。で、ご要望を再度聞き直すと、「牛を見たい。スイスでなければ食べることができないものを食べたい」。

翌日は、牛のいそうな草原まで車を飛ばし、牛と一緒に記念写真を撮り、牛小屋を改造したレストランへ行き、フォンデュや手作りソーセージをオーダー。空港では、フォンデュセットも求めたとのこと。ご満悦でご帰国いただいた。

フォンデュは、友達が集まったときなど、キッチンで過ごす時間が少ないのがいい。
言うなれば、日本の鍋物のスイス・バージョン。
スイス人でない私があっさり言うのも少し気が引けるが、誰でも気軽に、簡単に作れる。バリエーションも意外と多く、その家ならではのチーズの配合や、リカーの選び方があるのも面白い。

おうちフォンデュもいいのだけれど、おいしいレストランでいただくのも、季節の楽しみ。

フォンデュ専門のレストランが市内に何軒かあるが、「専門」の多くは、秋から冬のあいだしかお店をオープンしない。もちろん、ちょっと観光向けだったり、スイス料理全般をメニューにしている場合は、そこにフォンデュが含まれていることもあるが、むしろ例外。
「専門」に徹しているレストランは、季節が過ぎると閉めてしまう。

閉めてしまうどころか、跡形もなく消えてしまうフォンデュ・レストランがあり、数年前に突然現れて以来、ブレイクしている。

バラッカ ツェルマットBARACCA ZERMAT。

バーゼルとチューリッヒにお店があり、チューリッヒでは、空港の敷地内に、11月初めから3月の末まで、山小屋レストランを開業。週末ともなると、何週間も前から予約を入れないとなかなか席を取ることができない。

インテリアは、ツェルマット出身のアーティスト、ハインツ・ユレン Heinz Julen。
都市に出現した「幻の部屋」をコンセプトに、ハートウォーミングな1950年代にタイム・スリップする。

山小屋の周りには、薪が積み上げられ、雪がかぶっている。
牛の頭がついたドアを開けると、アンティークのスキー板が並ぶ。部屋の中央では、大きな暖炉が赤々と燃えている。壁には、野生の山羊、アルプス・アイべックのはく製、カモシカの角。ツェルマットの古いモノクロ写真。

この夜、私たちが注文したのは、モティエ・モティエという、ヴェシリンとコクのあるグリュイエールを半々に配合した、典型的なスイス・フォンデュ。
トマト・フォンデュも、シャンパンとトリュフのフォンデュも、スイスではお馴染のものだが、バラッカ・フォンデュとネーミングされたフルーツやベーコンが入ったオリジナルがあったので、これも試してみた。

ワインは、ツェルマットがあるバレー州のヨハニスべルグJohannisberg。フルーティでコクがあるがなめらかで、チーズとの相性がいい白だ。マッタ―・ホルンのラベルを付けて、テーブルワインとして置かれている。

フォンデュには、さくらんぼのスピリッツ、キルシュが使われることが多いが、これは、消化を助けるため。だから、白ワインではなく、キルシュを飲みながらいただくというのも、王道。身体に良いとされている。ただし、40度以上あるので、ご用心。

フォンデュは、とても素朴な料理だ。それが、使い込まれた古いお鍋で運ばれてくる。そっけないほどシンプルな食器。プラスチックのワイン・クーラー。

これら質素なファクターの融合が、都市に持ち込まれると、むしろ贅沢にもなり、お洒落にもなるという仕掛け。
文字通り、バラックのような古材の山小屋で、大きな火を囲みながらスローフードをいただく、何となくほっとする時間がうまくデザインされている。

パンを突き刺し、お鍋のなかでくるくるしながら、これが、この季節最後のフォンデュになるのだろうと思う。

例年になく、異常に寒く、雪が多かった長い冬が行こうとしている。この幻のレストランも、あと数週間で解体され、人々を温めたたくさんの物語とともに、どこかに消える。

北ヨーロッパも、もうすぐ、春。

http://www.baraccazermatt.ch

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