友達のスイス人の女性たちは、スカーフの使い方がとてもうまい。
白いブラウスやカシミアのセーターの襟元に、簡単に結びつけるのは定番として。いつだったか、エルメスのピンク色の大判スカーフを、焦げ茶のジャケットの上に、さらっと流しているのを見て、面白い色の合わせ方をすると感心したことがある。ブロンドの髪と良く合っていた。
曇り空の日に、ビビッドなものを選べば、もっと気分が上がるとはわかっていながら。ついつい黒っぽい服を手に取ってしまう。
これから冬が長いので、何か差し色を探そうとクローゼットを見渡した。
昨年から同じ場所にいるスカーフ。特別扱いしてきたせいもあるが、タイミングをはずすとなかなか使うのが難しく、まだ一度も外に出していない。
湖沿いに、いい織物を扱うお店がある。ちょっと変わったものを選んだり、作ったりしているので、季節ごとにぶらっと立ち寄る。
あれは、確か初冬の午後。150年ほどは経つだろう、アンティークな部屋の一角でデザイナーと話していたとき、ふわっと、窓辺にこのスカーフが置かれていることに気がついた。
光を透して、何色もの色が現れる不思議なレース。近づいて見たら、まるで風のような布だ。
これは、と手に取り振り向くと、彼女がうれしそうに微笑んでいた。
「ザンクト・ガレンのレースです。私が見つけたの。本当に、見事な仕事。これをどう使いこなすか、それは、ジュエリーと同じだと思っています」。
ザンクト・ガレンSt. Gallen。この地名を聞けば、たちまち中世の街並みが目の前に広がる。
チューリッヒから東へ。列車なら1時間ぐらい。バロック建築の傑作といわれる修道院周辺まで、世界遺産に指定される壮麗な風景。伝統ある学問の街として知られているが、ここはまた、織物やレース、刺繍で栄えた長い歴史を持つ街でもある。
そこから届いた、冬色のレース。
買うには、十分な理由があった。
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ほうきを持ってゆっくり動き続ける女性の映像が、頭のどこかに引っかかったままになっていた。そのモチーフが、時々顔を出したり、消えてしまったり。
どうやら、このアーティストのトリックにはまっていたようだ。
ミルチャ・カントル Mircea Cantor。
私たちの日々の何気ないシーンにいつの間にか潜入してきて、無意識にパターン化している当たり前のことに、ふと、疑問や不安を持たせる。
日常的なありふれた光景が、日常を乱す。
トラッキング・ハピネス Tracking Happinessは、カントルがこの展覧会のために制作したフィルムのタイトルでもある。
真っ白な服を着て、彼女たちは、柔らかな砂の上を裸足で踊るように移動して行く。
目的は何だかよくわからない。夢の中を彷徨うように果てしなく歩き、足跡はほうきでさらさらと消されて行く。
妙に明るく、ざらついた光が空虚な空間を曝し出し、ここではない別の時限で、彼女たちは天使のイメージへとリンクする。
どこかに置き去りにされたり、消し去られたりしたものを追跡する。あるいは、その足跡を別の方法でなぞって行く。
コンピューターによるコミュニケーションや電気仕掛けの監視下にある、私たちの時代、と念を押し。彼自身の困惑でもあるという、電脳化してプライベートな情報が蓄積され、増殖、拡散していく世界に対して、違うリアリティを設置しようと試みる。
作品は、ビデオ、写真、オブジェ、インスタレーションなど、様々なメディアが使われている。また、新聞広告などのより社会に組み込まれた媒体も、カントルは表現手段のひとつにしている。
’77年、ルーマニア生まれ。現在はパリに在住。
ロンドンのカムデン・アーツ・センターとパリのポンピドーでのセンセーショナルな個展で、すっかりヨーロッパの話題をさらい、今回、スイスでは初めてのワンマンショーが企画された。
11月8日まで
Photo: チューリヒ美術館 Kunsthaus Zürich