錆びた鉄色の巨大な箱が見える。ヘルツォーク&ド・ムーロンHerzog & de Meuron設計の「信号取扱所」だ。列車はバーゼル駅に滑り込む。
スイス、ドイツ、フランスに接する、ヨーロッパ最大の国境駅。ここに降りると、いつもちょっとした異国情緒を感じる。
ネオバロックのファサードを抜け、トラムに乗って中世の街並みを走り、視界が開けて間もなく、メッセ会場に到着する。
41回目を迎えた、世界最高峰のアートの見本市、アート・バーゼル。毎年、ヨーロッパがホリデーシーズンに入る前、今年は、6月16日から20日までの5日間開催された。15日のプレヴューは、例年通り、各国の名立たる美術館の代表がずらりと揃い、ギャラリスト、キュレーター、評論家、VIPなど、招待客とマスコミ関係者で華々しくオープンした。
アート・バーゼルに参加することは、世界中から選ばれたトップ・ギャラリーという名誉を授かることに等しい。南北アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカなどの約1100の応募ギャラリーから37カ国、300を超えるリーディング・ギャラリーが厳選された。モダン・アートからカッティングエッジの現代アートまで、2500名を超えるアーティストの作品が一堂に会する。
日本からの常連、小山登美夫ギャラリーの奈良美智の陶製作品。ギャラリー小柳の杉本博司、マルレーネ・デュマスMarlene Dumas、SCAI THE BATHHOUSE から、名和晃平、チョン・ジュンホ Jeon Joonho。そして、シュウゴアーツの金氏徹平やタカ・イシイギャラリーの木村友紀、マリオ・ガルシア・トレスMario Garcia Torres など。いずれの画廊も、いいコレクターやファンを、年々世界に拡大している。
ちょうど、南アのワールドカップで熱戦が繰り広げられていた日々。メイン会場の隣、メディア・センターが設けられたビルのカフェでは、休憩中のギャラリストもゲストも一緒になって歓声を上げていた。
昨年は、アート・バーゼルらしいアイロニーで会場正面に真っ黒な十字架が展示され、どのギャラリーにも、ピーンと糸を張ったような緊張が走っていたが、今年のリラックスした空気は、作品を見てゆく楽しさが取り戻されているようだった。
経済危機を乗り越え、アートと対峙する本質へ帰ろうという前回からの流れはより安定し、それは、売り上げの堅調さに良く現れている。
アート・バーゼル事務局が、作品の質の高さ、予想を超えた結果と発表するなかで、とりわけ誇らしい成功として強調していたのが、地球上から集まった来場者62,500人という過去最高記録であり、その人々の関心の持ち様と知識レベルの水準だった。
71年にアート・バーゼルを友人と設立した、バイエラー財団美術館Fondation Beyeler の創設者、エルンスト・バイエラーErnst Beyeler が、この2月に亡くなった。
アート・バーゼル開催期間中、特設会場では、アンリ・マティスHenri Matisseの「アカンタスACANTUS」を核にしたデモンストレーションを展開。毎年、エントランスすぐそばのトップにブースを持つホール2の会場では、バイエラー氏の写真が穏やかに微笑む。最も好きなアーティストの一人であったマティスが、ポリネシアの空から運んできた鳥たちが羽ばたいていた。
アート・バーゼルは、時代を代表するアートが展示される場であるという役割がある。それに対して、今回のフェアは、19世紀、20世紀の作品が数多く並んだことから、新しくない、という批判がかなり目につく。ミロ、ピカソ、カンディンスキー、ジャコメッティといったモダンアートとコンセプチュアル・アートとくくられる作品の点数が確かに増えていたが、それらに対して、安心して投資できる価値の分かりやすい作品が多すぎるというものだった。
数週間前に見かけた記事だが、日本のある美術館の展覧会に対して「まるで教科書に出てくるような・・・」という形容があった。てっきり批判なのかと思って読み進んでみたら、まったく逆で、これは、素晴らしい名画が信じがたいほど並んでいるという賛辞だったことがわかり、なるほどと目から鱗のようだった。
そういう表現でいうと、アート・バーゼルは、世界の美術全集や分厚い美術館の作品集をめくっているかのように、歴史に名を成す巨匠の作品や夭折した天才、飛ぶ鳥落とす 勢いの現代作家のアートが、とんでもないボリュームで、次から次と目の前に現れる。
開催当初は、美術が、あたかも家電や家具のように売られている、という大きな議論が起きたそうだが、その是非や意味は、この40年の間に大きく変化した。
しかし、そうは言うものの、実際、ギャラリーの奥まった応接室でなく、物々しいオークションでもなく、それらが、見本市の会場のブースで明らかに流通していることを目の当たりにすると、初めて訪れた人はかなり驚かされるだろう。
ロンドンのティモシー・テイラー・ギャラリー Timothy Taylor Galleryを始め各所から、「非常に健全なマーケット」というワードが聞こえた。
何年間か続きブームであったが、ファイナンシャル・コンサルタントの助言で、自分の理解を超えた巨大な「現代アート」に投機しようという傾向は、下火になったと言われる。美術館へ移ることはともかくとして、感動し、手元に置きたいと思う作品を、自分の鑑識眼で判断する芸術ファンやトップ・コレクターがここに集まる。アート・バーゼルが世界に及ぼす役割と蓄積の重要さもまた、真摯に自負されている。
チューリッヒ、ロンドン、ニューヨークにギャラリーを持つ、ハウザー&ヴィルス Hauser&Wirthのイワン・ヴィルスIwan Wirthは、インタビューでこう語る。「コレクター達が、こんな風に興味を持つものかと、とても印象的でした。つまり、すでにその価値が確立された作品だけではなく、若いアーティストたちの質の高い作品を、きちんと評価するということです。コレクター達が確信を持って決断しているように、アート市場は、強い求心力を取り戻しています」。
若いカップルが、クリスト Christo の作品の前で、ギャラリストと話をしている。やがて、奥から2点、3点と持ち出され、通りかかった偶然でシリーズを見せていただいた。
プレビューでめぼしい作品はすでに買い手がつくと言われるが、ウィークデーの会場では、かなり作品の入れ替えがなされるほど、「お買い物」をする人々がいる。
ヴ―ヴ・クリコのボトルを氷のワゴンに冷やし、黒服のギャルソンが通路を周る。
これらの作品は、ホール2の300のギャラリーにあるが、中庭を挟んで隣接する、ホール1のアート・アンリミテッド Art Unlimitedでは、文字通り大きさの限界を超えた大がかりなインスタレーションや立体、ビデオが展示され、それらを次々と体験しながら巡る。空間がすとーんと抜けているだけに、アートのプールで遊ぶように、参加することでアートの一部になるような実験が楽しい。
ちょっと車で持って帰るというわけにはいかない大きさだが、お求めになる方は、どこかで相談しているのだろう。
アート・バーゼル開催の時期に合わせ、バーゼルの美術館では、大きな展覧会が開かれている。
シャウラガー美術館Schaulager Museumでは、歌手のビョークのパートナー、波に乗っているマシュー・バーニーMattew BarnyのPrayer Sheet with the Wound and the Nail展、「拘束のドロ-ウィングDRAWING RESTRAINT」。
バーゼル美術館 Kunstmuseum Baselでは、ローズマリー・トロッケルRosemarie Trockelのドローイング展。
バイエラー財団美術館では、ジャン・ミッシェル・バスキアJean-Michel Basqiat展とフェリックス・ゴンザレス = トレスFelix Gonzalez-Torres展を同時開催。どちらも若くして世を去った。
さらに、バーゼル現代アート美術館The Museum für Gegenwartskunstのロドニー・グラハムRodney Graham展、ティングリー美術館 Tinguely Mueseumのロボット・ドリーム Robot Dreams展など。
美術館の建築といい、企画の切り方といい、バーゼルの数ある美術館を俯瞰すると、さすがはチューリッヒを超える芸術の街と、お互いに刺激し合う関係を納得する。
中世の旧市街とカルチャーミックされる、尖った街の面白さ。世界の女王といわれるアート・バーゼルは、このエリアに先端の現代アートを枝葉のように張り巡らし、連動する仕掛けをつくっている。
Galleries: FOUNDATION BEYELER | Basel (2)/ Helly Nahmad Gallery |New York/ Galerie Gmurzynska|Zug/ Tony Shafrazi Gallery | New York/Sikkema Jenkins & Co.|New York/Sperone Westwater|New York(2)/Marlborough Galerie GmbH|Zurich/Sies + Höke| Düsseldorf/Galerie Peter Kilchmann|Zurich (2)/Richard Gray Gallery|Chicago/Galerie Bob van Orsouw|Zurich/David Zwirner|New York/Galleria Continua|San Gimignano Italy/Galerie Max Hetzler|Berlin/Galerie Hans Mayer| Düsseldorf/Kukje Gallery|Seoul/Gió Marconi Gallery|Milano/Waddington Galleries|London/Galerie Hans Mayer | Düsseldorf
Photo:©Mieko Yagi
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このデッサンを見て、アーティストの名前がすぐに浮かぶとしたら、その方たちは美術の専門家だろうか。
Duは、スイスドイツ語圏で発行されている、アート&カルチャーマガジン。
いずれもトップの写真家を起用し、グラフィックが大変クールに整理されたスイスデザインのお手本のような誌面だ。
距離感が心地良く、EVERY PAGE AN EYE-CATCHER と言い切るほど、洗練されて美しい。
これら3点のデッサンの先に、立体がある。そんなイメージの喚起が、洒落ている。
EYE TRACKING シリーズ広告。
ジェフ・クーンズ Jeff Koons HANGING HEART
アルベルト・ジャコッメティ Alberto Giacometti LARGE STANDING WOMAN Ⅱ
ソル・ルウィット Sol Lewitt INCOMPLETE OPEN CUBE 10/1
現在発売されている7・8月号は、2日から始まったモントルーのジャズ・フェスティバルを特集している。
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Advertising Agency: Euro RSCG Zürich, Switzerland
Executive Creative Director: Frank Bodin
Creative Director: Axel Eckstein
Copywriter: Ivan Madeo
Art Director: Christina Wellnhofer
Graphic Designer: Sarah Kahn