牧場のバラ

そろそろ卵がなくなりそう、という日。家から少し丘を登る。

ニワトリのサインボードを曲がると、すぐ角に築100年ほどか、古い家屋の農家風レストランがあり、昔ながらのスイス料理をいただける。時々、フェラーリやランボルギーニ、アルファロメオとかが止まっている。

ここでは、牛の横を、そういう車がびゅんびゅん走るので、最初はほんとうにびっくりするものだ。先日、東京からやってきた友人の子息は、「牛だねぇ」、と微笑んでいた彼の真横を赤いスポーツカーがすっ飛ばし、衝撃があまりにも大きかったようだ。

「フェラーリだって、そいうつもりで生まれてきたわけじゃないだろうっ!!」と叫んでいた。

ご近所マダムたちにお話ししたら、「ほっ、ほっ、ほっ。カルチャーショックだったのねえ。他の先進諸国では、あまりないですものねえ」、でした。

さて、そのちょっと先にある農場へ行く。

若いご夫婦とそのお仲間で営む酪農家たち。ご家族と、牛、ロバ、ニワトリ。そして、グレーター・スイス・マウンテンドッグ、大きなスイス犬のルポがいる。この犬の祖先は、ローマ軍に連れられてきて飼育され、山岳の農場で荷車を牽いたり家畜を追ったりしていたそうだが、私はルポが働いているところを見たことがない。

お天気のいい昼間なら、牛たちは小屋から出て、アルプスの峰々を遠くに、真っ青なチューリッヒ湖を一望する原っぱで寝そべったり、ベルを鳴らして草を食んだりしている。
柵のそばまで近づくと、のそのそと私たちを見にやってくる。一頭ごとの名前は知らないが、少しは顔を見分けられるようになった。
私のPCの「近所の牛」というファイルから、集合写真ぽいものと、若い美女のショットをお披露目したい。

明日は、友だちがやってくる。ランチのメニューを決めたので、今日は花もいただきに来た。

この農場の一角にある小さなバラ園に、とっても丈夫でとびきりきれいなバラがある。お店のお花のように整然としているわけではなく、私の小指の先ほどもある大きな刺をたくさんつけているので、決して甘く見てはいけない。直径1センチほどの幹から何本にも枝分かれして野生っぽいが、凛と気高い香りの花を咲かす。

夫は、かつて何度か指に血をにじませた。無人花売り台の鋏よりこっちの方が刺の始末がしやすいと、ポケットからヴィクトリノックスのナイフを出して畑を見渡している。私は、まっすぐにローズ・ピンクで縁取られた花のあたりを目指し、手を振り彼を呼ぶ。

牛小屋の隣りにあるドアを開けると、棚には今朝の卵が並んでいる。ときどき、手作りバターがクールボックスに入っていることもあり、誰かを訪ねるときお土産にするととっても喜ばれる。ここのバターを使うと、ケーキやパスタの味は、断然グレードアップする。

卵の個数をメモ帳に書いて、掛け算をして。5本のバラと合わせたお金を箱に入れる。お札になってしまったら、箱の蓋を開けてもいい。

犬のルポが、クンクンしながら車までついてきた。バラも卵も、そっとシートに置いて、ロバの子を一緒に見に行く。

湖がきらきら波立ち、白いヨットが浮かんでいる。
夕方の散歩なのだろう。森から出てきた白髪のご夫婦と挨拶を交わす。

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