小ぶりのパックから人参スティックを取り出して、バギーの子どもに食べさせる。ご婦人が、人参をぽりぽり齧りだす。
トラムのなかで、しばしばこんな光景を見かけることがある。それらがオーガニックである可能性は結構高い。
スイスの有機食品のひとり当たりの消費量は、世界でトップ。スーパーには、オーガニックの野菜や果物、乳製品などが豊富に並んでいるが、それらは、「緑色の芽とスイスの国旗」のロゴマークでおなじみ、スイス有機農業組合「ビオ・スイス(Bio Suisse)」が認定する農家、酪農家などから届いた製品だ。
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人参の土壌には、ミミズが這い出しバッタやテントウ虫が遊びに来ている。
かぼちゃには蝶が止まり、野草が咲き、茄子の上ではカタツムリがひと休み。
ふと考えれば、かぼちゃも茄子も土の中で育つわけではないのに、私たちは、すっかりこのヴィジュアルの発信する「ベストの土とベストの野菜」というトリックにはまっている。
ビオ・スイスの認める酪農家は、全ての飼料を同じ農場で自給する。鶏も豚も、小屋に閉じ込めていてはいけない。農家は、化学肥料や農薬をいっさい使うことが許されず、畑の土壌は完全に有機化されていることが絶対条件だ。
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環境のために。動物愛護のために。そして、私たちの健康のために。幾分値段が高くても、人々は有機食品を買う。
それら付加価値を高めるブランド戦略、「ビオ・スイス(Bio Suisse)」の「The best soil makes the best vegetables」キャンペーン広告シリーズ。
意表をつくプリントアドはチューリッヒのクリエイターが得意とする手法だが、クレーバーな冗談が心地良く、消費者に約束するメッセージをきちんと着地させたコミュニケーション。
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Brand: Bio Suisse
Bio Suisse: Carrot, Pumpkin, Eggplant
The best soil makes the best vegetables.
Advertising Agency: Leo Burnett, Zurich, Switzerland
Executive Creative Director: Johannes Raggio
Creative Director: Pablo Schencke
Copywriter: Martin Arnold
Art Director: Pedro Moosmann
Photographer: Rico Rosenberger
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© SRF Schweizer Radio und Fernsehen
スイスドイツ語圏最大の放送局、SRF スイス ラジオ テレビ。2011年にスイス ラジオとスイステレビの合併以後、文化部を率いているのがナタリー・ヴァップラ―さんだ。
スイスの文化を発信するメディアの最先端で従来にない角度から着実にヒットを飛ばす、辣腕の戦略家。現在のポジションに就いてから、番組でその姿を見ることはなくなったが、世界を変革してきた21世紀の分野を超えた先鋭達に向けて切り込むシャープなインタビューは、今でもネットで配信されている。
SRFの本社は、バーゼル。チューリッヒのオフィスは、市の中心部から空港方面へトラムで20分ほど。一帯に、各部署のビルやスタジオが集約されている。
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大学時代の専攻がその後の職業に直結しないことは少なくないが、イギリスのブリストル大学で英文学を、ドイツ、コンスタンツ大学院で中世史と国家社会主義、ドイツ文学を研究していた彼女がメディアの世界に入ったのは、かなり偶然。テレビ局の友人の仕事場を見に行き、「これこそ、私がやりたいことだ」と、閃いたのだそうだ。
現ドイツ大統領、ヨアヒム・ガウクと番組の編集を通じて出会ったのは、それからそう遠いことではない。
ベルリンで、カルチャー番組「アスペクテAspekte」や政治番組として知られる「マイブリット・イルナーMaybrit Iiner」の編集に携わり、その後、SRFの前身スイス テレビでカルチャー番組「クルトゥールプラッツKulturplatz」の編集、プロデューサーとなる。当時は、ベルリン、チューリッヒと2つの都市を行き来していた。
ベルリンと比べれば、チューリッヒは静かで仕事のテンポも緩やか。それならば、Ph.D.の論文を書こうと、学問と仕事の両立を考えていた。スイスの有名な精神科医ルートヴィヒ・ビンスワンガーの研究。ドイツ語圏で文化的な興味を追求していくと、恐らく外せない分野であるとも言える。
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ヴァップラ―さんの存在がスイスで頭角を現してくるのは、現在も継続している番組「シュテルンシュトゥンデン Sternstunden」。この番組の特異さといえば、毎週日曜日の午前中、1時間のトーク番組「宗教」、「哲学」、「芸術」を3時間連続して流していることだろう。彼女がインタビューを担当していた「哲学 Sternstunden Philosophie」は、ラジオでも放送している。
ちなみに、ヴァップラ―さんのMCで高い評価を博したものに、前出のヨアヒム・ガウク、ダライ・ラマ、2006年にノーベル文学賞を受賞したオルハン・パムクなどのインタビューがある。
日曜日の午前中。教会に行かない視聴者は、どんなシーンでこの番組を観ていると想定されますか?
一瞬間をおき、そういう質問をした人は今までいなかった、と笑いだした。例えば、スポーツと比べれば、文化番組は、ニッチ。そもそもマスは狙っていない、という彼女の答えは、すでに多くの媒体で伝えられている。
1時間の番組を3時間。トーン&マナーは、シンプルでクリア。それを、ヴァップラ―さんは、「とてもスイスらしい」と言う。らしさ、とは、多分に言葉を超えたものであるため、この国に暮らさなければ、あるいは、中央ヨーロッパの国々と比較できる体験を持たないとピンとこない表現であるかもしれないが、街や村の印象がそうであるだけでなく、これはいかにもスイスのインテリジェンスのテーストなのだ。
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3年前、ヴァップラ―さんは、「ニッチな番組」をまたもや仕掛けた。
今やミステリーの名作として知られる、「葬儀屋 Der Bestatter」。ドイツ、フランス、カナダなど海外でも買いつけられ、幅広い層から支持され高視聴率を継続している人気番組だ。
マスコミの多くは、ついに彼女はインターナショナル・マーケットを狙いだしたのではないか、と質問を放った。
違うのだ、と言う。「私は、よりスイス的な作品を作りたいのです」
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「例えば、アメリカのシリーズと言った時に、イメージするアメリカ的なものがありますね。アメリカっぽいわけです。その意味で、私は、スイスでなければ作れない、スイスの名作と言えるシリーズ作品を作りたいと思っていたのです。『葬儀屋Der Bestatter』は、とてもスイス的なのです。スイスタッチなのです」
スイスと言えば、アルプス、チーズ、時計、と思っている人々に、スイスの伝統、固有の価値観、生活など文化の多様性を見せ、興味深い国であること知ってもらえるように企画する。元刑事だった葬儀屋を巡って、番組の中には、実に多くの文化的な要素が組み込まれている。
文化的なコンテンツ、知識をミステリーに持ち込み、それがエンターテイメントの基盤になっている。そこが面白い。
「私たちは、この作品を売りました。私たちが好きなスイスタッチが、海外でも興味を持たれています。つまり、スイス的なるもの、我々のアイデンティティを表現しながら、スイス国内で人気を獲得しただけでなく、他の国にも受け入れられるのだということを証明した、ユニークなサクセスストーリーが生まれたわけです。圧倒的な成功です」
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2015年。ヴァップラ―さんは、スイスの経済紙「「ハンデルスツァイトゥングHandelszeitung」で、スイスの経済界100人の重要な女性に選ばれた。
写真、ピルミン・ロスリーPirmin Rösli 。「プレシャス」12月号、巻頭グラビア、世界4都市のワーキング・ウーマンが登場するLife is so precious ! に掲載。
「葬儀屋 Der Bestatter」 はこちらからご覧になれます。
https://www.srf.ch/play/tv/sendung/der-bestatter?id=c5868792-f180-0001-7d9a-53801d5e10b8
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秋までの休演の間、チューリッヒ歌劇場には大がかりな梯子が組まれていた。外壁は日に日に磨かれ、天に向けて両手を差し出す女神も天使たちも、今は真っ白に輝いている。
2015/ 16年のプルミエは、アルバン・ベルグの「ヴォツェック Wozzeck」で幕を開けた。19世紀初め、ドイツのライプツィヒで実際に起きた殺人事件をもとに創作されたカール・ゲオルク・ビューヒナーの戯曲。下 級兵士ヴォツェックを演じるのは、クリスチャン・ゲルハーヘル。幻覚の世界で奇矯な声に誘われながら精神に異常をきたし、ついには情婦マリーを刺殺する。
この作品を初め、オペラのプルミエは、幻想、幻覚、狂気の世界を彷徨するプログラムにフォーカスした企画が並び、その特化した視点は、精神医学の歴史に重要な役割を果たしてきたドイツ語圏スイスらしくもあり、かなりユニークだ。
例えば、ヴェルディのオペラ、「マクベスMacbeth」。権力と敵意に翻弄され、暗雲に覆われた世界を生きるマクベス夫人も精神を病んでいく。演出は、バリー・コスキー。
アンドレアス・ホモキ演出、ベッリー二の「清教徒」では、司令官の娘エルヴィーラが、婚約者に去られ発狂してしまう。オペラのハイライトは、あまりにも有名な「狂乱の場」。南アフリカ出身のプリティ・イェンデのソプラノが楽しみだ。
2016年1月。現代音楽の天才ヴォルフガング・リームのオペラ「ハムレット・マシーンDie Hamletmaschine」が登場する。
バレエのプルミエでは、ネザーランド・ダンス・シアター NDT を世界的なカンパニーへと育て上げたイジー・キリアーンの「神々と犬たちGods and Dogs」が、ウィリアム・フォーサイス振り付けの「In the Middle, Somewhat Elevated」とオハッド・ナハリンの「Minus 16」との3ステージで上演される。
アメリカン・バレエ・シアターで上演された映像を観た方も少なくないと思うが、アレクセイ・ラトマンスキ―が振り付ける、チャイコフスキーの「白鳥の湖 Schwanensee」の上演は、2月。
上の写真左から、アンドレアス・ホモキ、コマーシャル・ディレクターのクリスチャン・ベルナー、ファビオ・ルイージ、クリスチャン・シュプック。
安定した人気の高い演目の間に、チャレンジングな作品をきら星のように散りばめたカレンダー。いかにもチューリッヒらしい斬新さと洗練されたモダニズムで構成され、ヨーロッパの名門歌劇場にふさわしい、期待の大きいシーズンになりそうだ。
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日本の猛暑とは比べものにならないものの、異常に暑い夏だった。
7月から40度に届きそうな気温が続き、そのあとも35度ぐらいに達していた。夜になっても風がぴたっ、と止まったままで、まるで亜熱帯の国にいるような蒸し暑さ。寝るときは窓を開け放っていた。
スイスのほとんどの家庭には、クーラーは設置されていない。暖房はセントラルヒーティングなので、短い夏のために冷房を使うという発想がないのだが、今年は扇風機が売り切れになったそうだ。
ともあれ、こんなスイスの夏は経験したことがなかった。
湖の様子も何だか変だった。
いつもの年なら、鴨の家族や白鳥と一緒に泳いでいるのに、たまに、ぽつんと一羽の鴨を見かけるぐらい。カモメもあまりやってこない。
みんなどこか涼しいところに隠れていたのだろうか。
それでも、太陽を求め、本を持って湖に降りる。日がな一日、肌を焼いたり、泳いだり。水に浮かんで空を眺めていると、ツバメが飛行機雲と交差して行く。
ランチタイムは、サラダとビール。
ドイツのライゼンタールのピクニックバスケットは、こんな時活躍するのだが、ひっくり返すと、デッキチェアに高さがぴったりのサイドテーブルになり、うっかりビールをこぼさない、と気づいたのは今年の大発見だった。
我が家のグランマキッチンで登場したサマーサラダがいくつかあるが、ポテトとレッドビーンズの組み合わせは、湖畔でなかなかのヒットだった。
オニオンも、赤。テクスチャーの調和とパワフルな彩りが楽しい。
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風も、空も水も。晩夏の気配になってきた。束の間の秋から、急速に長い冬に走っていく。
ここに暮らす人々にとってはラッキーなことに、あと何日か、あの真夏の太陽が輝くらしい。
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自然がすぐそばにあるせいなのか、スイスで生活していると火を熾すことがわりと身近にあるように思う。ヴィクトリノックスのキャンペーンではナイフの使い方を小さい頃から教えていたが、ある年齢になると、森に入って枝を拾い集めて石を組んでソーセージを焼く、そんな学童のピクニックを良く見かける。
だから、バーベキューが好きなんだ、というのは直裁過ぎるが、冬のフォンデュに対抗する春夏の料理の代表格は、何と言ってもバーベキュー。サラダとお肉のメニューのバラエティーが豊かだ。
テッシーナ・ブラーテン。これは、イタリア語圏テッシンの郷土料理でレシピも家族の数ほどあるのだろうが、チューリッヒがドイツ語圏のためなのかどうか、私は家で作るというシーンにはお目にかかったことがない。
大きいお肉を焼きたいなら、人が集まるという数日前にお肉屋さんに頼んでおいてピックアップする。
モモでもロースでも好みでいいが、チューリッヒあたりでポピュラーなのは、豚肉をベーコンでぐるぐる巻きにしたもの。
味の変化をつけようと、この日は、全体に粒マスタードを塗ってこんがり焼いた。でも、これは小ぶりのお肉だったので、少し焼き過ぎてしまった。本当はもっとジューシーな感じに仕上げる。
日本だと炭になった部分は身体に悪いと言われそうだが、ソーセージもお肉も、バーベキューでは焦げるぐらいに表面を焼いてその香ばしさを楽しむ。
付け合わせは、グリーンサラダと、ポテト。ポテトは、クミンを振ってラードでじっくり焼いたものだが、オーブンに入れてしまってもいい。
秋になって、もう外では食事をするのはちょっとね、というほど涼しくなるまで、ご近所の庭から、バルコニーから、バーベキューのいい匂いが漂ってくる。