ジェニー・ホルツァー展 バイエラー財団美術館

© 2009 Jenny Holzer, member Artists Rights Society (ARS), New York / ProLitteris, Zürich Photo: Vassilij Gureev

チューリッヒからバーゼルまで、直行で1時間弱。アートや時計のフェアでしばしば名前が登場するが、バーゼルは、中世の時代から学芸や文化の中心地として発達してきた古い都市だ。旧市街やライン川沿いに独特の優雅な趣きがある。
バーゼルの国鉄駅は、ネオバロックのファサードを持つ国境の駅。ドイツ、フランス、スイスのボーダーがここで接する。

駅からトラムに乗って、郊外のリーヘンRiehenへ。世界に美しい美術館はたくさんあるが、大きな池にゆったりと水を湛えた、このバイエラー財団美術館の静寂や気品は、美術を鑑賞するための心を穏やかに迎えてくれる。
世界的建築家レンゾ・ピアノ Renzo Pianoの作品。

バイエラーは、丁寧に収集されたコレクションの素晴らしさはもとより、ヨーロッパでも、極めて質の高い企画展を展開することで広く知られる。アート・バーゼルの会場で、毎年、必ず入口から右手、最初のブースを持つのがこの美術館だ。

年を越えて開催されている展覧会 ジェニー・ホルツァー Jenny Holzer。あらためて言うまでもなく、現代の最も有名な作家のひとり。90年のベネチア・ビエンナーレで金の獅子賞を受賞したが、この評価以降、彼女の社会性、政治性が強く、なおかつ詩的な言葉をあふれる波のように伝達していくという制作活動を、より大きなフィールドへと発展させていった。

1950年、アメリカ オハイオ州生まれ。LEDの電光掲示板でフレーズを流すなど、近年は、各都市でプロジェクトを組んで作品を作り上げ、しばしば街を媒体として表現する。
今回の企画展では、チューリッヒでは、旧市街リマト川を見下ろすリンデンホフLindenhofの丘の壁に。バーゼルでは、カテドラル、SBB駅構内、シティホールなど。石畳に、教会の聖母像に光のメッセージが走り続けた。

© 2009 Jenny Holzer, member Artists Rights Society (ARS), New York Photo: Serge Hasenböhler

70年代後半のテキストを含め、80年代以降の彼女の全分野における主要作品で構成。とりわけ、ヨーロッパでは未発表だった作品を含め、近作にフォーカス。LEDのインスタレーションはもちろん、絵画、オブジェなどを展覧する、スイスでは初めての大規模なショーだ。

また、バイエラーならではの思考のしなやかさであるが、ホルツァーの作品と影響し合うという意味で、財団のコレクションから、ジャコメティ A. Giacometti、ピカソ P. Picasso、マレーヴィチ K. Malevich、ベーコン F. Baconといった作家の作品が選ばれ、インスタレーションから移動していく間に、あるいは、同時に、全く異質なアートにも会うことになる。
1月24日まで。

http://www.beyeler.com/

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トラッキング・ハピネス ミルチャ・カントル展

ほうきを持ってゆっくり動き続ける女性の映像が、頭のどこかに引っかかったままになっていた。そのモチーフが、時々顔を出したり、消えてしまったり。
どうやら、このアーティストのトリックにはまっていたようだ。

ミルチャ・カントル Mircea Cantor。

私たちの日々の何気ないシーンにいつの間にか潜入してきて、無意識にパターン化している当たり前のことに、ふと、疑問や不安を持たせる。

日常的なありふれた光景が、日常を乱す。

トラッキング・ハピネス Tracking Happinessは、カントルがこの展覧会のために制作したフィルムのタイトルでもある。

真っ白な服を着て、彼女たちは、柔らかな砂の上を裸足で踊るように移動して行く。
目的は何だかよくわからない。夢の中を彷徨うように果てしなく歩き、足跡はほうきでさらさらと消されて行く。

妙に明るく、ざらついた光が空虚な空間を曝し出し、ここではない別の時限で、彼女たちは天使のイメージへとリンクする。

どこかに置き去りにされたり、消し去られたりしたものを追跡する。あるいは、その足跡を別の方法でなぞって行く。

コンピューターによるコミュニケーションや電気仕掛けの監視下にある、私たちの時代、と念を押し。彼自身の困惑でもあるという、電脳化してプライベートな情報が蓄積され、増殖、拡散していく世界に対して、違うリアリティを設置しようと試みる。

作品は、ビデオ、写真、オブジェ、インスタレーションなど、様々なメディアが使われている。また、新聞広告などのより社会に組み込まれた媒体も、カントルは表現手段のひとつにしている。

’77年、ルーマニア生まれ。現在はパリに在住。
ロンドンのカムデン・アーツ・センターとパリのポンピドーでのセンセーショナルな個展で、すっかりヨーロッパの話題をさらい、今回、スイスでは初めてのワンマンショーが企画された。

11月8日まで

Photo: チューリヒ美術館 Kunsthaus Zürich

http://www.kunsthaus.ch/

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山の精霊、祭りの仮面。リートベルグ美術館

地理的に言えば、チューリッヒ湖の南南東。こちら側は、対岸のゴールド・コーストに対してシルバー・コーストと呼ばれる。太陽が山をかすりながら差し込むため、陰影が濃い。光はどことなく物憂く、ネオ・クラシックの美しい彫刻が施された建物が並ぶ街並みは、物語性に満ちている。何か語るべきものがたくさんあるはずなのに、それでいて、歩くたびにいつも謎解きを仕掛けてくるようだ。

トラムを降りて、左。坂道を上がって鉄の扉を過ぎると、森の小道が始まり小高い丘の上に、19世紀半ば、絹貿易商として成功したオットー・ヴェーゼンドンク氏Otto Wesendonckが建てた優雅なヴィラが見える。この邸宅が、リートベルグ美術館の旧館。すぐその前に建つ新館は、世界的なコンペが行われたので、建築に携わる方はよくご存知だろう。

リートベルグ美術館は、ヨーロッパでも珍しく東洋とアフリカ、アメリカ、オセアニアの美術を収集している。
しかし、そこにスイスの民族芸術パートがあり、膨大なスイスの仮面をパーマネントコレクションとして収集しているということは、祭りの仮面を展示している今回の展覧会、Performing Masks Swiss Carnivalで初めて知った。

Carnival mask, Tschäggäta Switzerland, Lötschen valley, early 20th century

山の民は、今どこにいるのだろう、と漠然と思っていた頃。ある日偶然、テレビで動物とも人間とも見分けのつかない大きな仮面をつけて、雪のなかをとザクザクと歩く人々を見た。

ヴァレー地方に伝わるチェゲッテ Tschäggätä と呼ばれる悪魔払いのお祭りだと教えられた。2月の灰の水曜日の前の木曜日に行われる。姿形も家々を訪ね歩いて子どもたちを呼び起こすという風習も、日本のなまはげに似ていて興味深い。
諸説あるが、ここで使われていた仮面が、スイス最古とも言われる。その表情があまりにも幻想的で、超人的でミスティックな力を表現していることからも、すでに19世紀の終わり頃には民族学者の注目を集めていたそうだ。

Carnival mask, Tschäggäta Switzerland, Lötschen valley, early 20th century

また、スイスの4つの国語のひとつ、ロマンシュ語を公用語とするザルガンツ地方の仮面は、縦横に伸びる表情の豊かさが特徴的だ。展覧会のカタログを眺めていたら、この地方の彫り物師アルバート・アントン・ヴィリ氏 Albert Anton Williが、鏡の前で仮面の形相を作っている写真を見つけた。

今回展示されている多くの仮面は、木を彫り、彩色され、動物の毛皮や羊の毛、織物などが用いられている。大きく分けて、3つの地方に古来継承されている仮面があるが、その貌のあまりの多様さにはいささか驚く。自然の厳しさ、山の険しさで周辺との交流が遮断されて暮さなければならなかった時代に、なお一層の個別性が高まったということなのだろうか。

山に囲まれたこの国では、キリスト教伝来以前の宗教、あるいは、宗教以前の信仰が、周辺諸国からさまざまに影響を受け、地方によってはカトリックと融合しながらも、独自の文化として再生を重ねてきた。

巨大な山への畏怖と尊敬。数々の神話も伝説も、しばしば各地の祭りのなかにそのルーツをうかがうことができるという。

アルプスの山々から、深い森から。館の奥の一室で、精霊たちが異彩を放っている。

http://www.stadt-zuerich.ch/kultur/en/index/institutionen/museum_rietberg.html

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「アニマリス・ユメルス」上陸。テオ・ヤンセン展

Photo: Animaris Percipiere Thumb Theo Jansen / degital brainstorming

ユニークな現代アートを仕掛ける、デジタル・ブレーンストーミングという頭脳集団がいる。バックについて語ると、話がとっても長くなってしまうのだが、ともあれ、先日、ここから、オランダの動力彫刻家kinetic sculptureテオ・ヤンセンTheo Jansenが招待されていた。

東京日比谷で、今年の1月から4月まで、アジア初の大規模な展覧会が開催されていたので、すでに作品をご覧になった方も多いことだろう。

2006年に、南アフリカでオンエアされたBMWのCM「Defining innovation」は、世界中で大きな話題になった。
今まで見たことも聞いたこともない奇妙な「生物」が、ヤンセンと一緒に暴風雨にびゅんびゅんなぶられながら、波の高い暗い海岸を歩く。この不思議な映像と彼のフレーズの無駄のなさがクールで、実にセンスの良いクリエイティブだ。

今回、ヤンセンは、「アニマリス・ユメルスAnimaris Umerus」とその仲間である小さい「生物」を何匹か、チューリッヒに連れて来た。

普通の家庭で使われている、電気を誘導するプラスチックのパイプ。これを、ナイロンの糸で固定して、骨格を作る。エレクトリック・ケーブルやビニールを巻きつけられるものもいる。有機的な素材はいっさい使わないのかと思っていたのだが、何故か、卵白を眼や皮膚に使っている、とインタビューで語っている。

砂浜生物、あるいは、ビーチ・アニマル。そういう呼称が、すでに日本に定着しているが、ドイツ語のシュトラントビースター Strandbiesterだと、海から上陸した動物のイメージが強調されて、総称自体にミステリアスな響きがある。危ないけどかわいい、のようなユーモラスなニュアンスも感じさせる。

まるで、古生代の生物が、ムカデのお化けのようにたくさんの足を持ち、風力で動く。走る。彼が生み出したひとつひとつの「生物」の大きさとラテン語の音の面白さのためもあってか、恐竜を連想してしまう。

ヤンセンは、デルフト大学で物理学を専攻したが、後に画家になる。
その前のことだろう。彼は、新聞のコラムの原稿をまとめるために、よく海岸を散歩していたそうだ。何についての原稿だったのかは定かでないが、ある日、砂浜を歩く巨大な「生物」のイメージが、インスパイアされた。

そこから、年月はかなり経つ。

19年前の9月。彼は、プラスチックのパイプを買いに行った。
「その日の午後、ずっとパイプをいじっていました。夕方近くでした。私は、これからの人生をこのプラスチックのパイプとともに生きていくことになるだろう、と確信したのです」。
テクニカルなアイデアと芸術が結合し、まったく新しい「生物」の卵がこの日に誕生した。

「彼らに、食べ物はいりません。生きるために必要なのは、風、だけです。他の動物たちのように、食べ物を探すために動きまわる時間を使わなくていいのです」。

ヤンセンの「生物」たちは、風を食べて、砂浜で生きている。

「海辺では、子どもたちと遊んだり、他の動物と一緒に暮らすこともできます。でも、私が創造する生物たちは、常に進化し続けていますから、いずれ自然よりも賢くなるかもしれません。新しい生命の形です」。

「なぜ、あなたは、砂浜で生きる生物を創り続けるのですか」。

「なぜ? わかりません。では、お聞きしましょう。なぜ、我々人類は、この地上にいるのでしょうか」。

インタビュー:デジタル・ブレーンストーミング

http://www.digitalbrainstorming.ch/

BMW 「Defining innovation」
http://www.bmw.co.za/onlinenews/issue1/advert.html

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ロング・ナイト・ミュージアム

Die lange Nacht der Zürcher Museen 2006 Museum Bärengasse       Photo:Peter Koehl
Die lange Nacht der Zürcher Museen 2006 Museum Bärengasse Photo:Peter Koehl

この街で、夜、子どもが歩いているという光景は、まず見かけない。
しかし、今度の土曜日だけは、特別。

今年10回目を迎える、ロング・ナイト・ミュージアム Die lange Nacht der Mussen。
市内のほとんどすべての美術館で、現在開催中の展覧会を中心に、これに連動する体験型のワークショップやガイドツアーなど、独自の企画を、ロング・ナイトというよりも、オール・ナイトで公開する。

チューリッヒ大学のボタニック・ガーデンや連邦工科大学(ETH)。動物園でのレクチャーや小劇場のパフォーマンス、コンサートなども開かれる。

子どもも大人も、1枚のチケットで、アートからアートへ。ハシゴを楽しもうというプログラム。

電車もトラムも、番外編のスケジュールで走っている。

9月5日、夜7時から午前2時まで。

http://www.langenacht.ch/

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