晴れた日。雪に覆われた遠くのアルプスが、くっきりと稜線を光らせている。
夜がすっかり長くなり、5時頃には、もう日が暮れる。
焼き栗屋さんを横目に見ながら街を急ぎ足で歩いていたら、ちょうどクリスマスのイルミネーションに灯がともされた。小さな光があふれているのは、石畳の路地のなか。トラムが走る駅前の通りは、4年ほど前に、モダンアート系の青っぽい光に変わってしまった。
巨大銀行の前の巨大ツリーに梯子が掛けられ、赤や金のボールを持った影がいくつも動いていた。
ドレスアップする機会が増えてくるせいか、最近、夕方のジムは、だんだん混んできた。ヘビーな食事が続くフェスティブ・シーズンは、もうすぐそこ。
着るはずだったものが、着てみたら何か違ったという、予定直前の失敗を繰り返すので、ちょっと焦る。
通っているのは、普通のジムだが、街の真ん中にあるというのがとにかく便利で、しかも、チューリッヒを凝縮したように多国籍な環境が、外国人の私にはイージーだ。
地球上のあらゆるところからやって来た人々が集まるので、色々ななまりの英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、そして、スイスドイツ語などなど。実にさまざまな言語が聞こえる。
地味で質素だと思っていた、チューリッヒ。しかし、ここのロッカー・ルームに出入りするようになってから、結構ドラマチックに印象が変わった。
特にこの時間帯は、昼間とは全く違う。年齢層がぐっと若くなり、なんとなく華やかさがある。
お洒落なマダムが、時計を見ながら帰り支度をしている。モデルのような女性が、ツンと顔を上げて、鏡の前で立ち姿を見ている。
金融街を控えているので、そこで働く人も多いのだろう。もう少し寒くなると毛皮のコートがハンガーにずらっと並ぶのは、圧巻。
日本から訪れる誰もが、洗練された街、と言うが、なるほど、富裕な街だと、こんな断片を見ても納得するものがある。
小さな買い物があって、飲みかけのエビアンを抱えたまま、閉店間際のデパートに飛び込んだ。
大げさにならないプレゼントを、友達に。
もう今年のカラーやデザインを考えている人が多いので、どうしようか迷ったが、クリスマスのオーナメントのなかから、テーブルに置くキュービックのキャンドルをひとつ。オフ・ホワイトで選んでみた。
冬の雨が降って来た。
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私たちは、もう、夏の終わりをカウントダウンしている。
時間を間違えたかのような、5月の強烈な日差し。雨が続いて寒かった、7月。そして、忘れ物をしたのか、天も辻褄をあわせてくれているのか、一気に雲を追い払った、8月。
山の天気は、気まぐれだ。
この眩い風景が今度さらわれたら、きっと、秋。
「素晴らしいお天気だから、パーティを思いついたの」と、急なお誘いをいただいた。
週末の予定のなかった私たちは、そのアイデアに大賛成。
住宅街の一角に、好きなお花屋さんがある。プレゼントをするときは、ここ、と決めている。
今では、すっかり顔なじみになったけれど、実は、このお店、何度も車で前を通り過ぎながら、長いこと見過ごしていた。季節が変わり周囲が裸木になってから、ようやく人の出入りに気づいたのだ。
あまりにも街並みに溶け込んでいて、紹介でもされなければ、わからないようなお店。どこか、一見の者を避ける吐息が聞こえるような気もしていた。
石段を上がり、扉を開ける。
この界隈のスノッブで注文の多そうなヨーロッパ人が、何人かで大きな白い花束を見立てていた。
花々と木々があふれる室内には、岩石のテーブルが置かれ、枯れ枝や流木、古い壺が転がっている。天井から下がるランタンは、欲しいと言えば、譲っていただけるのかもしれない。
混ざってはいるが、南仏のテーストに近い。
今夜お会いするマダムに、似合いそうな色を見つけた。
アルト・ローザ Alt Rosa。
両手で抱えるほど大きな珠の西洋アジサイは、「過去の薔薇色」。退行するかのような、渋みのあるピンク。19世紀、ビクトリア朝以降、多くの女性を魅了してきた、優雅な伝説の色だ。
テラスから対岸の丘を指し、ヨットの白帆が浮かぶ湖を眺める間に、グラスがまわり、アぺロが始まる。教会の鐘がいっせいに響き渡り、明日が安息日であることを知らせる。
晩夏のディナーは、ゆるゆると寛いでいく、この開放感が心地よい。
メインを囲み、笑い声のあふれる時が過ぎ、やがて、それぞれが静かに感動しながら、星の瞬く夜空を仰ぐ。
アルト・ローザは、部屋の奥に佇んでいる。
“アルト・ローザ” への2件のフィードバック
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残念ながら、私個人が所有しているわけではなく。
チューリッヒ湖の沿岸には、そのエリアの住民のために開放される「プライベート・ビーチ」というものがある。門番を見たことはないが、パトロールは回って来るので、やはり、勝手に入ってはいけないらしい。
6月初旬、ビーチの鍵が開けられると、気温が高い日の午後ならば、だいたい何時に通っても、誰かが寝そべっている。
週末ともなれば、家族で日光浴。大人は本を読んだり、ぼ~っと湖を眺めていたり。ダイビング、ヨット、カヌー。
水鳥も、人間も、一緒に泳いでいる。
北ヨーロッパの夏は、美しく、短い。
夏を名残惜しむという余韻はなく、8月に入れば、やがて、すとんと秋になる。
そのせいか、太陽を思う存分浴びることのできるこの時期にはむしろスイスにいて、涼しくなってから、南欧や北アフリカ、トルコあたりで長い休暇を取る人も少なくない。
大人だけのカップルなら、ここでは、インディペンデントという形容で、そんな自由もきくようだ。
メールを出して、2週間オフィスを留守にしています、というオートリプライが返ってくると、あっ、またいない、今年何度目の休暇だろう、と、これも不思議に思うことのひとつ。
チューリッヒは、昨日からゾンマーフェーリエンSommerferien。8月半ばまで、学校は夏休みだ。
色合いがなんとも言えず綺麗ですね。
ローザ・・・という名前は丸い感じが薔薇に似ているからなのでしょうか??
秋が一日一日と近づいてきていますね。あっという間に寒くて長い冬に突入するのかと思うと悲しいです。。。
Alt Rosaは、英語では、old rose。薔薇の分類に、オールド・ローズはありますが、この花の名前とは別に、ヨーロッパの伝統色の中に、オールド・ローズという色があります。
ビクトリア女王が君臨した大英帝国の栄光の時代、ファッション用語として広く普及し、その後ヨーロッパに広がりました。
参考:『ヨーロッパの伝統色―色の小辞典ー(財団法人 日本色彩研究所編 福田邦夫著)