アルト・ローザ

私たちは、もう、夏の終わりをカウントダウンしている。

時間を間違えたかのような、5月の強烈な日差し。雨が続いて寒かった、7月。そして、忘れ物をしたのか、天も辻褄をあわせてくれているのか、一気に雲を追い払った、8月。

山の天気は、気まぐれだ。
この眩い風景が今度さらわれたら、きっと、秋。

「素晴らしいお天気だから、パーティを思いついたの」と、急なお誘いをいただいた。
週末の予定のなかった私たちは、そのアイデアに大賛成。

住宅街の一角に、好きなお花屋さんがある。プレゼントをするときは、ここ、と決めている。
今では、すっかり顔なじみになったけれど、実は、このお店、何度も車で前を通り過ぎながら、長いこと見過ごしていた。季節が変わり周囲が裸木になってから、ようやく人の出入りに気づいたのだ。

あまりにも街並みに溶け込んでいて、紹介でもされなければ、わからないようなお店。どこか、一見の者を避ける吐息が聞こえるような気もしていた。

石段を上がり、扉を開ける。

この界隈のスノッブで注文の多そうなヨーロッパ人が、何人かで大きな白い花束を見立てていた。
花々と木々があふれる室内には、岩石のテーブルが置かれ、枯れ枝や流木、古い壺が転がっている。天井から下がるランタンは、欲しいと言えば、譲っていただけるのかもしれない。
混ざってはいるが、南仏のテーストに近い。

今夜お会いするマダムに、似合いそうな色を見つけた。

アルト・ローザ Alt Rosa。

両手で抱えるほど大きな珠の西洋アジサイは、「過去の薔薇色」。退行するかのような、渋みのあるピンク。19世紀、ビクトリア朝以降、多くの女性を魅了してきた、優雅な伝説の色だ。

テラスから対岸の丘を指し、ヨットの白帆が浮かぶ湖を眺める間に、グラスがまわり、アぺロが始まる。教会の鐘がいっせいに響き渡り、明日が安息日であることを知らせる。

晩夏のディナーは、ゆるゆると寛いでいく、この開放感が心地よい。

メインを囲み、笑い声のあふれる時が過ぎ、やがて、それぞれが静かに感動しながら、星の瞬く夜空を仰ぐ。

アルト・ローザは、部屋の奥に佇んでいる。

“アルト・ローザ” への2件のフィードバック

  1. Mari より:

    色合いがなんとも言えず綺麗ですね。
    ローザ・・・という名前は丸い感じが薔薇に似ているからなのでしょうか??
    秋が一日一日と近づいてきていますね。あっという間に寒くて長い冬に突入するのかと思うと悲しいです。。。

  2. Mieko Yagi より:

    Alt Rosaは、英語では、old rose。薔薇の分類に、オールド・ローズはありますが、この花の名前とは別に、ヨーロッパの伝統色の中に、オールド・ローズという色があります。
    ビクトリア女王が君臨した大英帝国の栄光の時代、ファッション用語として広く普及し、その後ヨーロッパに広がりました。
    参考:『ヨーロッパの伝統色―色の小辞典ー(財団法人 日本色彩研究所編 福田邦夫著)

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長い旅

初めてパリへ行ったとき、迷わずクーニャンクールの骨董市を予定に組み込んだ。さすがに、わくわくする宝物がそこらじゅうに転がっていた。バロックのテーブルもベルエポックのグラスも、あまりにも無造作に次々と現れた。

椅子を探していた。これはと思しきものを眺める。家に連れ帰って、いつもの空間に置かれた姿を想像する。

違う。どうしても、違う。線もボリュームも、日本の部屋には強すぎて、バランスを取るのは到底無理だ。

もう諦めかけていた時、ある店先で椅子なら屋根裏部屋にまだたくさんあるといわれ、昇って行った。そこにいたのが、彼女である。アールヌーボーとデコの端境期に作られ、微妙にその流れを感じさせる。

やがて、日本からアジアへ。そして、スイスへ。私につきあってもらうことになる。

チューリッヒへ移動したら、きれいにしよう。ヨーロッパの家々できちんと修復されたアンティークの椅子を見るたびに、そう思うようになっていた。

3年前の初夏。ご近所の骨董屋のご主人は、一目でこの椅子を気に入ってくれた。「フランスから。そんなに長い旅をして、スイスへやって来たんだね」。恐らくは、アフリカのどこからか運ばれたであろう、黒檀で作られていた。

地図をいただき、紹介された生地屋さんへ。素材のイメージはすでにあったので、無地のものをいくつか並べ、一番好きな色を選んだ。織物の用語で、縁飾りは、「ギンぺ Gimpe」と呼ぶそうだ。

骨董屋へ戻り、生地を見ながらご主人と足の色を探した。塗り替えることにやや抵抗があったものの、結果的にはこれで良かった。

2ヵ月待った。

「この椅子のデザインがこのあたりではとても珍しくて、いろんな人が見にきていたんですよ」

解体された椅子から100年前のスプリングは取り出され、新しく入れ替えられた。組み立て直し成形し生地を張り、最後に背と足を塗り上げるまで、4人の職人さんが分担したと聞いた。

言語圏が違うとはいうものの、この椅子がすんなりとなじむ風景が、確かにここにはある。

“長い旅” への2件のフィードバック

  1. Mari より:

    こちらの椅子は長い長い旅をしてきたんですね。
    職人さんたちの手によって修復され、これからも使い続けられていく・・、素敵だなぁと思いました。
    石畳が似合う椅子ですね、曲線がとても綺麗です。

  2. Mieko Yagi より:

    ありがとうございます。
    この線と質感の持つ色っぽさにほれ込んで、求めたのだと思います。

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