亜熱帯の国に住んでいた頃、ドイツ人の友人は、毎年イースターが近づくにつれ少しホームシックになっていた。
雪が溶けた庭の草むらに、カラフルなたまごやチョコレートなどの小さなプレゼントを隠し、それを探す遊びがどれほどエキサイティングなことか。家族や親戚が集う、その春の夜の食卓が、どれほど賑やであることか。彼女は、何度も繰り返し私に語った。
敬虔なカトリック教徒は、イースターの40日前、四旬節が始まる灰の水曜日から肉を断つ。
チューリッヒは、プロテスタントの街なので、あまり厳格な話は聞いたことがないが、しかし、祝祭のムードが日毎にあふれ、家々では、デコレーションに趣向を凝らす。
街には、至るところにうさぎが現れる。
まず、チョコレート屋さん。1836年創業の老舗シュプリュングリSprüngliや日本にも紹介されているトイシャTeuscherには、毎年同じ顔のうさぎが並ぶ。もう少し新しいお店になると、かなりモダン・アートがかかったうさぎがいる。定番のたまごを背負うもの、アコーディオンを弾くもの、そして踊るうさぎなど、絵本から跳び出してきたかのように、ずらっと並んでいて面白い。
ショーウィンドーも、うさぎ、うさぎ。
デパートのインテリア・コーナーでは、グリーン、ピンク、ゴールドなど色とりどりのうさぎやたまごを飾る鳥の巣、枝にぶら下げる、きれいなパターンや絵を描いたたまごのオーナメントも売っている。
極めつけは、本物のうさぎ。食品売り場のトレーに、毛を剥がされたつるつるの桃色の肌で、丸裸のチビうさぎが、手足をグイッと伸ばして、整然と横たわっている。今日もいるかな、と、眺めに行くことがあるが、私には買う勇気がない。
芽吹く木々の生命力と命のたまご。うさぎの多産と躍動感。喜びや希望。それらが、イエス・キリストの復活を祝う象徴となって、部屋を飾る。
4月2日は、グッド・フライデー、聖金曜日。私の信仰心は、ともかくとして。この地に習ってスズキやマスのような淡水魚を一匹、料理する。
その日から3日目。今年の復活祭、4月4日、日曜日。伝統的には、ラムか山羊。大家族ならば、子どものラムや子山羊を丸ごといただくそうだが、この習慣は、生け贄に捧げたものを分け合うということなのだろうか。うさぎは、優先順位からいうと、ラムの次ぐらいらしい。
庭に持ち出した、イースターのデコレーション。さっきまで、この白うさぎが家のなかにちょこんと座っていた。
春が来た。
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