「真夏の夜の夢」 チューリッヒ・バレエ団

ヨーロッパの伝承で、夏至は神秘的な意味を持つ。森の妖精の力が強まり、何か不思議なことが起こる日だと言われる。

「ヨーロッパで最も美しいバレエ」と評されるチューリッヒ・バレエ団。その作品のなかでも、とりわけ人気の高いロングランのプロダクションのひとつに「真夏の夜の夢 A Midsummer Night’s Dream」がある。夏至の夜、森の小さな妖精たちが跳びまわる。

メンデルスゾーンが17歳のときに、シェークスピアのこの物語を読んで触発され、瞬く間にめくるめく幻想の森の序曲を書きあげた。

後に序曲の演奏を聴いて深く感動したプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世Friedrich Wilhelm IV.から、「真夏の夜の夢」を上演するための劇付属音楽の作曲を依頼される。
メンデルスゾーン、30代半ばのこと。これに続く全曲を作ったわけだが、10代の天才が生み出した序曲の完成度はあまりに高く、成熟期の12曲とまったくレベルが揃うと言われる。

フルート、オーボエ、クラリネット、ホルン・・・。これから起こる不思議を暗示するような森の声に誘われて、夢の世界へ入ってゆく。

ステージデザインは、世界的な活躍を続けるハンス・シャフェルノックHans Schavernoch、照明の魔術は、ユルゲン・ホフマンJürgen Hoffman。そのセンスの良さや理解の深さ、技術の高さはずば抜けている。

何よりも感心したのは、舞台一面に張りだした巨大な鏡に、歌劇場の客席をそっくり映し込ませたアイデアだ。私たちを席に迎える時、すでにそこに森があり、客席の動く人々のシルエットは、鏡の中でまるで獣がゆっくり移動しているかのようにも見える。

チューリッヒ歌劇場の客席は、金とブルーの天井画と大きなシャンデリアの美しい、重厚なバロック様式。天使の柱の彫刻と神々の像が3層のバルコニーをぐるりと巡る、馬蹄型だ。
美術監督のシャフェルノックは、この装飾性の高いでこぼことした空間を、真逆から、奥行きの深さをそのまま黒いガラスに映し出して、幻想の森を作った。

客席は、すっぽり遠近法のトリックに覆い尽くされる。
鬱蒼とした森の奥へ、あるいは、妖精や獣たちが眠る薄暗い岩の洞窟の中へ、私たちは連れて行かれる。

突然跳び出してきた妖精パック Puckは、俊敏なソリスト、アルマン・グリゴリアンArman Grigoryan。その跳躍力も静止力も、人間離れしているとさえ思えるが、妖精のグレゴリアンは、常に何かを企んでいる緊迫感が動きに伴い、不気味な存在に惹きつけられる。
クラシックとモダン、そして、豊かな演劇的要素が自在に織りなす迫力で、観客も魔法をかけられパックの虜になってしまう。

彼は、恋人たちに媚薬を塗って別人格にした時、大きな瞳で客席を凝視しながら、実は、あのキラキラ輝く無数の粉を、こちら側にも振り撒いていたのだろう。

妖精の王、オーベロン Oberonに、スタニスラフ・イェルマコフ Stanislav Jermakov。その妻、妖精の女王 タイターニア Titaniaに、サラ – ジェンヌ・ブロドベックSarah-Jane Brodbeck。バレエのために生まれてきたに違いない長い手足が、優雅なアティチュードで、ひときわ伸びやかな垂直を描き、森の妖精たちを従える。

ハーミア Hermiaに、中国のイェン・ハンYen Han。チューリッヒ・バレエ団のなかでもトップの人気で、熱烈なファンを多く持つ。むしろ小柄に見えるが、はかなげで繊細なダンスが素晴らしいソリストだ。

その恋人ライサンダーLysanderは、ヴァーへ・マルティロシャンVahe Martirosyan。ハーミアの友人ヘレナHelenaに、ガリナ・ミハイロヴァGalina Mihaylova。最後はヘレナと結ばれるが、ハーミアの父が決めた結婚相手ディミートリアス Demetriusに、アルセン・メーラビャンArsen Mehrabyan。

「真夏の夜の夢」のストーリーはあまりにも有名で、誰もがハッピーになる結末。パックのかけた魔法でパートナーを取り違える事件の諧謔を、2幕で見せる。

演出・振り付けのハインツ・シュペルリHeinz Sperliは、人間の関係性や巡り合わせ、恋人を交換する面白さに惹かれると語る。

「作品のなかで、具体的な人物描写、それぞれのキャラクターの変化に大変興味を持っています。特に魅力的なのは、愛の様々なテーマを見せるという構成です。『真夏の夜の夢』の現代性は、私の視点から見ると、ごく小さな世界に起こる出来事であって、恋人同士が交換可能であるということ、そのようなパートナー・チェンジのバリエーションの面白さにあります」。

それは、バッハの「ゴールドベルグ変奏曲」で表現した、出会いや別離のテーマにも通じる。
もしパートナーを交換したら、何が起こるのか。シュペリエにとって、それは、現代に投げかけるシェークスピアの愛の描写なのだと言う。

無分別、錯乱、倒錯、愛の幻想。シュペリエのマジックで、人間同士の対立や矛盾が、バレエの内面から外界へと発散され、問いかけてくる。

休憩をはさんで、3時間近く森にいる。
フィナーレで最初の序曲が循環し妖精の歌声を聞きながら、やがて私たちも夢から覚める。

Photo: Opernhaus Zürich / Peter Schnetz

 

 

 

 

 

 

 

https://www.opernhaus.ch/en/

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