ワイン通の方は、ご存知なのだろうか。スイスには、実は、おいしいワインがたくさんある。それも、言語圏によってブドウの品種や性格が違うため、大変バラエティに富んでいる。
モントルーのジャズフェスへ行ったときに、ラヴォーLaveauxの白をいただいたが、これが素晴らしかった。シャスラーを使った白ワインで知られるのが、このレマン湖畔ヴォーVaud。その南のヴァレーValais、フランスとの国境近くヌーシャテルNeuchâtel湖岸。
メルロの赤、白、ロゼといえば、イタリア語圏ティチーノTicino。そして、ピノ・ノワーやピノ・グリといったフランスのアルザスAlsaceやドイツのバーデンBadenなどと共通するようなワインがあるのが、チューリッヒ湖周辺と東スイス。ちなみに、チューリッヒのワインというものもある。
ローマ時代に植えられたブドウも栽培され続けているそうで、この九州ほどの面積の国のワインエリアに何十種類ものブドウがあるというのには、ちょっと驚く。
世界中からおいしいものを取寄せている日本に、ではなぜあまりスイスワインがないのか。
それは、スイス人が、とってもワイン好きだから。輸出していないわけではないが、人々が国内生産の3倍のワインを飲むので、この足りない分はどんどん輸入をしているという事情がある。おいしいいものを他国に譲りたくないのかと長いこと思っていたが、訳を聞いてみれば、そもそも、急斜面など機械を入れることのできない土地で栽培されているブドウは、手仕事でしか摘み取ることができず、作り方もまた古来の手作業が多いため、生産量が圧倒的に不足しているのだそうだ。
これらの条件がバックグラウンドになっているのだろう。チューリッヒでは、毎年クリスマスの準備に間に合うようにと、11月の半ばまでの2週間に渡って、大規模なワインの博覧会が開かれる。
旧市街と金融街がぶつかるビュルクリ・プラッツBürkliplatzからは、遊覧船だけでなく、通勤に使うための船も各方面に出ている。このチューリッヒ湖の古い桟橋に、ずらり12隻の客船を停泊させて毎年開催されるEXPOVINA、通称ワインシフWeinshiff は、一般にも公開される世界最大のワイン博。1953年に始まり、今年で56回を数えた。
ワイン生産者、インポーターなど120以上のブースがこの12隻の船に設置され、ワインの種類で言えばざっと4000種。
フランス、イタリア、スペインなどヨーロッパの伝統あるワイン産地からのボトルは、もちろんおよそすべて出揃い、かなりディープなテースティングが可能。また、南ア、南米、オーストラリアといった新大陸ワインもなかなか興味深いセレクションだ。
エントランスで受け取るカタログを持って、お目当てのブースを周ってテースティングし、ブースナンバーと照らし合わせながら、この辺りが好みか、という名前にチェックを入れ、ポイントを書き込んでいく。
何年か訪ねているうちに、少しずつコツをつかんできたのだが、何しろ数が多いので、スイス料理のレストランになっている1隻を含め、一日で端から12隻を制覇しようと考えるのは、あまりにも無謀なことだ。舌も、鼻も、口の中も、判断力が鈍くなる、というか、私の場合は、かなりいい加減になって来る。
今年は、一番左端の船にスペインのリオハRiojaの珍しいものがあったが、船が小さいせいか揺れていたので、ささっと移動。他の船はしっかり固定されているので船酔いはないのだが、フルーティな白あたりから進み、ディーラーの説明を聞きながら、「じゃあ、次は、赤で重みがあるものをいくつか」なんていうことをやっていると、10件を超えるあたりから、かなりいい気分になってテンションが上がる。
まずは、ワインのプロの友達と一緒に周った。しかし、そこでは決め込まず、別の日に時間帯を変えて出直し、普段飲まないもので面白そうなものと、思い切って方向を絞り込んでみた。
私たちが狙ったのは、ドイツの白。バーデンBaden、ファルツPfalz、ザールSaar、ラインヘッセンRheinhessen、ヘッセンHessen、ラインガウRheingau、モーゼルMoselとライン川に沿ってテースティングして行った。
ドイツワインは甘い、と思い込んでいたが、それがまったくの認識不足だったとわかった。すっきりとして奥行きのある、優雅で上品なボトルがいくつもあった。
結局求めたのは、モーゼールのショイレベSheurebeとリースリングRiesling、そして、クリスマスで食後にいただくのに良さそうな、やはりショイレベのスィートワイン。
ミニマム6本ずつオーダーするのが一般的だが、今回は何種類か選んで6本にしてもいいですよ、というブースも出てきていた。
金曜の夜。何となくのんびりとしたカップルに加え、次第に仕事帰りの人々が増えて来た。
まだ20代の前半と思しき、とびきりの美女二人連れが、ビシバシとディーラーに質問を飛ばしている。その向こうでは、リュックサックの青年がメモを取り、老齢のご夫婦か、ゆったりとカウンターで会話を楽しみながらリストと見合わせている。
スイスのワインも周ってはみたが、人気ワイン周辺は、すっかり社交場と化しあまりにも人が多くて身動きもとれないほどの混雑。イタリア方面へと向きを変える。
順番がまったく逆ではあったが、チューリッヒのレストランへ行けば、気軽に食前酒として注文する、イタリアのスパークリングワイン、冷えたプロセッコでひと息ついた。
地下のセラーを片付けて到着を待っているのだが、注文したワインはまだ届かない。
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